このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
サイトメニューここまで

現在のページ

  1. トップページ
  2. 文化・スポーツ
  3. 歴史・文化財
  4. 新たに3件の文化財が市指定文化財になりました!

本文ここから

新たに3件の文化財が市指定文化財になりました!

更新日:2017年9月21日

新たに指定された文化財について

草津市教育委員会は、新たに3件の文化財を平成29年7月27日付けで草津市有形文化財に指定しました。
これで市指定文化財の件数は44件になります。

新たに指定された文化財
名称 員数 所有者 種類
木造男神坐像(もくぞうだんしんざぞう) 1躯 小槻(おつき)神社 彫刻
観音寺詮舜書状(かんのんじせんしゅんしょじょう) 1幅 草津市
福島正則禁制(ふくしままさのりきんぜい)(慶長五年九月十七日付) 1幅 草津市

木造男神坐像

 小槻神社に伝来した木造男神坐像です。壮年の男神像で、材には、由緒のある御衣木(みそぎ)(神仏を造るのに用いる木)を用い、一木造で丸彫りの古様を示し、やや穏やかさを見せる表情などからして、11世紀の作と推測されます。草津周辺の地域における男神像の一般的な様式を示す古例として極めて貴重なものです。

観音寺詮舜書状

 観音寺の第九世住持詮舜が、関白豊臣秀次の家臣、吉田修理亮好寛(よしだしゅりのすけよしひろ)に宛てた書状で、秀次の在任期間より天正20年から文禄4年の間に出されたと推測されます。
 資料中に見える「矢橋浦渡舟ともおり」とは、「港に先に着いた船から荷物を積みだす」という、近世を通じ琵琶湖水運の基本となった規定です。
 現在確認されている限りでは、艫折が実際に行われていたことを示す最も古い資料であり、また「艫折」という語の初出資料でもあります。こうした点から、近世の琵琶湖水運を知る上で重要な資料です。

福島正則禁制

 安土桃山~江戸時代初期の武将、福島正則(永禄4年(1561)~寛永元年(1624))が、近江草津村に宛てて下した禁制で、軍勢の濫妨(暴力により強奪すること)・狼藉、人取り、放火を禁じたものです。
 草津村は文禄年間(1592~1596)には豊臣秀吉の直轄地でした。関ヶ原合戦の戦勝側である福島正則は合戦のわずか2日後に当禁制を出しており、さらにその2日後には、徳川家康が同村の常善寺に宿陣しています。このことからも、家康がいかに草津村を重要視していたかうかがえます。草津村は寛永11年(1634)に膳所藩領となり幕末に至りましたが、草津に対する徳川方の支配が確定した時期を示す、貴重な資料です。

 なお、『木造男神坐像』は11月18日(土曜)・19日(日曜)(10時~15時)に小槻神社(青地町)で公開予定、『観音寺詮舜書状』、『福島正則禁制』の2点については、9月5日(火曜)~10月1日(日曜)に草津宿街道交流館(草津一)で公開中です。ぜひご覧ください。

お問い合わせ

教育委員会事務局 歴史文化財課 歴史文化財係
〒525-8588 滋賀県草津市草津三丁目13番30号
電話番号:077-561-2429
ファクス:077-561-2488

このページの作成担当にメールを送る

本文ここまで


以下フッターです。
Copyright © 2018 Kusatsu City.
フッターここまで
このページの上へ戻る