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令和2年9月教育長メッセージ

更新日:2020年9月1日

「進化する教科書」

  今年は、令和3年度に使用する中学校教科書を採択する年です。採択は、原則、四年に一回行われ、採択に当たっては、「第二採択地区協議会(草津、栗東、守山、野洲、湖南、甲賀の各市で構成する共同採択地区)」での調査・研究と協議結果に基づき、各市教育委員会が決定することになっています。草津市教育委員会では、8月25日の定例会で審議をし、新しく使う教科書の選定を終えたところです。

 これに先立ち、教育委員さんにも全ての教科書に目を通していただき、草津の子どもにはどのような教科書がふさわしいのかについて学習を進めてきました。そのなかで、こんなことが話題になりました。それは、教科書の記述内容にかかわることです。例えば、鎌倉時代の始まりについて、「1192年(いい国作ろう鎌倉幕府)」が通説でしたが、近年、「1185年(いい箱作ろう鎌倉幕府)」にかわりました。少し説明します。日本では、幕府の成立は征夷大将軍への任命された時という考え方が一般的で、1192年とされてきました。しかし、朝廷が守護・地頭を各地に置くことを許した年、つまり、頼朝が実質的に国を支配した1185年が有力になり、何年か前から、この年を鎌倉幕府の成立とみるようにかわっています。

  実際、教科書の年表では1185年とされ、本文の注釈には、「鎌倉幕府が成立した時期については、東日本の支配権を朝廷に認められた1183年、守護・地頭の設置が認められた1185年、頼朝が征夷大将軍となった1192年などの説があります(中学社会 日本文教出版)」と、諸説あることが紹介されています。

 内容や記述の変更は、これまでからあります。「十七条の憲法」を制定したのは「聖徳太子」ですが、今の教科書では、「聖徳太子(厩戸皇子(うまやとのおうじ))」と併記されています。注釈には「厩戸皇子は、死後に聖人として尊敬され、聖徳太子と呼ばれるようになりました(中学社会 日本文教出版)」と、厩戸皇子が本名であったと示されています。聖徳太子という名は、後に付けられたのだそうです。また、「仁徳天皇陵」は、「大仙古墳(仁徳陵古墳)」と記述されています。源頼朝の肖像画も、以前に使用されていたものは別人ということから、甲府善光寺の木像の写真に代わってきています。さらに、江戸時代の身分制度を表していた「士農工商」について、今はこの記述はありません。近年の研究によって、「士農工商」のような身分制度は存在しなかったことが明らかになったからです。

 このように、今の教科書には、私が学んできた内容や常識を覆すものが見られます。新しい資料の発見や調査、研究により、歴史的な事実の解釈が変わってきているということです。さらに言うと、今の教科書、きれいな写真やイラスト、デジタル資料なども豊富で充実しています。そんなことを話題にしながら、子どもたちと一緒に教科書を見るのも楽しいと思います。

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教育委員会事務局 教育総務課 総務係
〒525-8588 滋賀県草津市草津三丁目13番30号
電話番号:077-561-2425
ファクス:077-561-2488

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