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淡水真珠養殖のあゆみ

更新日:2019年12月27日

草津市発祥!個性豊かな、世界に一つの「琵琶湖の宝石」

淡水真珠は昭和初期に草津市の志那地区で全国発の養殖が成功して以来、平湖・柳平湖を中心に生産されてきました。白く丸い海の真珠と異なり、ピンクやゴールド・薄紫などの淡い色合いを持つものもあり、形も、薄く平たいものからドロップ型のようなものまで、ひとつひとつ個性的な形をしているのが特徴です。

3~4年もの長い期間をかけて生産者の絶え間ない努力により生み出されるこの宝石は真珠層が厚く、気品のある光沢を放つ、世界に一つの「琵琶湖の宝石」です。

淡水真珠養殖のあゆみと取り組み

淡水真珠の養殖は、最盛期の昭和40年代には琵琶湖の一大産業でした。特に海外で強い人気がありましたが、その後、水質悪化や安価な海外産真珠の台頭により、生産数は一時激減しました。
しかし、近年、淡水真珠の価値が再認識され、また、水質をはじめとした漁場環境の改善などにより、回復の兆しをみせています。草津市でも平成24年から平成31年度にかけて、志那町の方々と協働しながら真珠母貝の生育にかかる水質等の調査と生育状況の実験を行うなど、復興に向けた取り組みを行いました。

淡水真珠は生産者によって、養殖オペに使う道具、施術方法、核の形などが異なるため、ひとつとして同じものはなく、現在でも各地域の生産者によって、個々の手法が守られています。
発祥の地・平湖でも生産が続けられており、現在も伝統が引き継がれています。

淡水真珠の歴史
和暦淡水真珠の状況淡水真珠事業の動き
大正14年 藤田昌世氏(開発者・技師)、吉田虎之助氏(物心援助)が草津市志那町の平湖で研究を開始する。
昭和5年発祥藤田昌世氏がイケチョウガイを利用した淡水真珠の養殖、商品化に成功し、琵琶湖の淡水真珠の生産が開始される。

昭和20年代
 無核真珠の養殖に着手し、新技術の開発に成功したことから、無核真珠が中心となる。
平湖真珠株式会社が設立される。
昭和30年代

最盛期

真珠養殖事業に着手する町内の個人漁業者が増える。

昭和40年代

生産量が年間6,000kgを超え、滋賀県の一大産業として栄える。
平湖では手狭となり、柳平湖でも養殖を開始する。

昭和50年代
志那町だけで養殖業者が約50軒となる。
存続の危機、低迷漁場の過密化による水質悪化、水草の大量繁茂、窒息による資源の減少、生残率の低下が生じ、生産が停滞する。
昭和60年代

解散

原材料の母貝の高騰・量減少、真珠の生育不良・年数の長期化・小玉の増加、水質悪化、販売力の低下により養殖業からの撤退→真珠養殖業組合が解散される。
平成24年復活に向けて草津市と志那町の協働事業として、柳平湖にてイケチョウガイの生育調査・養殖実験が開始され、環境学習の取り組みも行われる。
令和元年生育調査・養殖実験の終了

草津市と志那町が協働で行ってきたイケチョウガイの生育調査・養殖実験が終了となる。
平湖での淡水真珠の生産は現在も続けられており、伝統が引き継がれています。

お問い合わせ

環境経済部 農林水産課 農林水産係 
〒525-8588 滋賀県草津市草津三丁目13番30号
電話番号:077-561-2347
ファクス:077-561-2486

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